僕ら2人がパリの地下にある小さなスタジオで作った音楽が、これだけ世界に影響を与えられるんだって考えると凄く嬉しいね。

インタビュー :QURAYOSHI(PGS LIVE !)
PHOTO:TAKAMOTO(PGS LIVE !)

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FUJI ROCKに出演、会場を超満員にして素晴らしいショウを行ったあと、取材日の前日27:00ごろまでDJイベントを行い、次の日・・取材という強行スケジュールで少しお疲れのところ、ギャスパールに登場してもらった。

ーまずはフジロックの感想からお聴きしたいんですが、ライブを終えてみてどうでしたか

ギャスパール(以下G):僕らがいつもやっているヨーロッパでのライブに比べると、日本のオーディエンスは僕らのプレイにとても注目してくれてるな、と感じたね。ヨーロッパじゃオーディエンスはライブで騒ぐことが目的だったり、とりあえず大声を出しつづけるだけだったりするんだけど、日本のオーディエンスは集中して聴いてくれていて、とても素晴らしい経験になったよ。

ー去年も来日はしていましたが(朝霧ジャム、GAN-BAN NIGHTで)、今回はアルバム発売直後にバッチリのタイミングでの来日でステージも超満員だったそうですが、前回の来日に比べて何か違った点などはありましたか

G:大きな違いとしてはパフォーマンスの形態かな、以前はDJセットでのパフォーマンスだったんだけど、DJとしてのテクニックを使えばオーディエンスを盛り上げやすいんだ、でも今回はライブ・パフォーマンスだったから僕らの音楽に僕ら自身の感情をも注ぎ込むようなプレイにしたんだ、だから以前のパフォーマンスとはより違うものになったと思うよ。

ーなるほど、昨晩のシークレット・イベント(フジの後、都内の某クラブで行われた)はDJとしてのパフォーマンスだったわけですが、ライブ・パフォーマンスと比べるとプレイする側としてはどちらが楽しめますか

G:う~ん、そうだな…DJとしてプレイする時は、たとえば新しいトラックが出来たときにそれをかけてみて、割と簡単にオーディエンスのリアクションを見たりとかもできるし、そういう意味ではDJはとても効率はいいかな。ライブ・パフォーマンスの場合は、クラブでのプレイに比べると楽曲をよりシンプルに、余計なものを削ぎ落として完成させたものを表現する必要があるんだけど、その過程で新しい発見があったりもするからそれはそれで凄くエキサイティングではあるね、フジロックはまさにそういう経験が出来たよ。

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(7/28 FUJI ROCK RED MARQUEEのステージ・26:30。会場の外までファンで溢れている)

ー日本最大の野外イベントであるフジロックの舞台でプレイするというプレッシャーもあったと思いますが、フェスティバル自体は楽しめましたか、他のアーティストのステージは観ました?

G:実はプロモーション活動で忙しくて、ステージはシミアン・モバイル・ディスコとデックス・ピストルズしか観られなかったんだ。でもフジはフェスとしてとてもうまくオーガナイズされているし、それにヨーロッパのフェスに比べてとてもクリーンで感動したよ、だって向こうのフェスじゃいつも海のように広がったゴミの上を歩かなくちゃいけないんだからね(笑)

ーありがとうございます(笑)(思わず日本人として褒められたようでお礼を言ってしまった)2人のプロフィールについて、ダフト・パンクのマネージャーであるペドロ・ウィンターに見出されてデビューしたというのは有名な話ですが、それまでのユニット結成からデビューまでのいきさつと、どういった経緯でグザヴィエと知り合ってJUSTICEはスタートしたんですか

G:グザヴィエと知り合ったのは4年ぐらい前、僕らは当時グラフィック・デザイナーとして活動していたんだけど、何か面白いことやろうよ!って感じで音楽を始めて、その時に出来上がった曲が“ウィ・アー・ユア・フレンズ”なんだ、その頃僕の友達のソー・ミー(JUSTICEが所属するレーベルのアート・ディレクターで、彼らのPVも手がけている)がペドロ・ウィンターと仕事を始めていて、ある晩彼の家にみんなで集まってディナーを食べていた時にペドロに僕らの楽曲を紹介してくれてね、その1週間後ぐらいに契約が決まったってわけさ。

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ーミュージシャンとしての活動はその時が初めて?それまでも何かやっていたんですか

G:学生の頃はバンドをやっていたよ、僕がドラムでグザヴィエはベース、でもその頃は本格的に楽曲を作ったりはしていなかった。また2人で音楽を始めたのは、僕らが本当に作りたいものを最初から最後まで全て手がけることが出来るし、大人数なバンドよりエゴやぶつかり合いも少ない、それに今はコンピュータがあれば音楽も簡単に作れるしね。

ーグラフィック・デザイナーからミュージシャンになることに不安はなかった?

G:僕らにとってはそれはとても自然な流れだったよ、とくに不安はなかった。実際グラフィック・デザイナーの仕事を完全にやめるまでには2年ぐらいかかってるんだ、音楽活動がだんだん忙しくなって、って感じで…それにミュージシャンとして世界中を旅してまわることが出来るし、音楽を通してそういう経験が出来るのはとても楽しいよ。

ーデビューして世界からも注目される存在になったわけですが、ミュージシャンとしての道を選んでよかったと思いますか

G:色々な国から注目してもらってとてもハッピーだと思うよ。僕ら2人がパリの地下にある小さなスタジオで作った音楽が、これだけ世界に影響を与えられるんだって考えると凄く嬉しいね。

ーペドロ・ウィンターが見出した2人組という事で“次世代のダフトパンク”とか“ダフト・チルドレン”というような見方や表現をされていますが本人達的にはそういわれる事についてどうですか

G:僕らは彼らとは作っている音楽もやっていることも全く違うし、正直言って比較されることについてはなんとも思わないな。フランス出身の2人組で同じマネージャーって事で、しょうがないかなとは思うけどね…あのダフトパンクと比べられるってのは光栄だけど、フランスのメディアなんかはいつも「彼らについて語ってください」とかだし、そのせいで僕達の事や僕達の音楽の事が話せなくなってしまうのは残念な時はあるよ。

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影響を受けたアーティストは?音楽のルーツについて教えてください

G:僕にとって1番大きな影響を与えたのはMTVが90年代に流していた音楽全てだね、メタリカからジョージ・マイケルみたいな感じでメイン・ストリームの音楽は全部。あとはデュオ形態のスパークスやバグルズとか…2人組なのに完璧にやるべきことをこなしてるって感じだし、クラシックの特にバロックな要素を取り入れつつポップスを作っていたって所には僕らも影響を受けているね。(彼はバグルズの大ヒット曲“ビデオ・キルド・ザ・レディオ・スター”をパロって“インターネット・キルド・ザ・レディオ・スター”と書かれたTシャツをPVで着用したりもしている)

ーJUSTICEの楽曲はダンスミュージックでありながら荘厳でドラマチックなフレーズが感じられますが、そういった影響が表れているのでしょうか

G:ぼくらが音楽をやる時にいつも心がけているのは、僕ら自身が驚く事をやりたいって事なんだ、それと同時にまわりの人たちにも驚きを与えたい。“ウィ・アー・ユア・フレンズ”なんかも、今までと全くちがった曲にしよう!って事で中間部にオルガンとブレイクを持ってきた。で、この曲の次は?って考えたときに、今度は対極のこともできるぞってことで“D.A.N.C.E.”をリリースした、ロマンチックでポップなものからクラブ・バンガーのようなアグレッシブなものまで、この2曲を聴かせることで僕らの音楽の幅の広さを知ってもらいたかったからね。

ー今後も驚きを与えてくれる活躍を、そしてぜひ次回は単独ツアーでの来日を期待しています、最後に日本のファンへメッセージをお願いします

G:必ずまた来るよ、そういう機会があるってことはとてもハッピーなことだと思うし。今回日本に来て、ラジオなんかで色々な音楽がかかっているのを聴いてとても刺激的だった、そしてオーディエンスのリアクションを見ることが出来てとても嬉しかった、僕らの音楽を楽しんでくれてありがとう!



今回サインを2枚頂きました。(メンバー2人から頂きました)

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当選の発表は発送をもってかえさせていただきます。ご希望の方は住所・氏名・電話番号・希望商品(JUSTICEサイン色紙)をご明記の上、下記応募フォームよりご応募下さい。締め切り8月31日まで。

PGSへのリクエスト等ございましたら合わせてご記入下さい。
⇒応募フォームはこちらから !!

Posted by takamoto at 2007-08-02 10:21