UZI-ONEインタビュー001

----5月からアグノスティックフロントの来日、ニューヨークでのSUPERBOWL OF HARDCOREに出演、その後ニューヨークハードコアのアーティストが多数来日し、MURPHY'S LAWとのツアーとここ1~2ヶ月はかなり濃いものであったと思うのですが、MURPHY'S LAWとのツアーを終えた今、率直な感想をお聞かせください。

UZI:楽しかったね! 勉強にもなったしお互いね。 お互いの心の良い部分を、何を目指し、音楽を通して自分の人生を通っているかという部分をお互い確認できたツアーだったと思うよ。 本当の意味で同士として肩を並べる事ができたかなぁと思う。 音楽を通してね!俺は英語ほとんどしゃべれんから、それでもお互い解りあって、自分の人生において忘れられないツアーになったね。

----MURPHY'S LAWとツアーをまわって何か際立ったエピソードはありますか?

UZI:彼らはリハもほとんどやらんし、日本に来て、日本の物をいっぱい見て、文化とかそういったものを持って帰りたいって人だから、「何かあるけど見に行く?」とか「こういう食べ物あるけど、どう?」といったら、行こう行こう行こう! リハやっていても、今日リハやっぱやめたみたいな。だから、四国行ったときは松山城も行ったし、俺らもリハは1曲くらいで終わらせて、今日は松山城行こうみたいな、そうしたらすごく良い城でね。俺も日本でこんな城が残っているなんて知らなかったし、そこでまたお互いが繋がるでしょ。「ありがとう」「いや、とんでもない。俺も勉強できた。」って話になるよね。 そんでその後、寿司食いに行くぞって。「なんで?」「いや、今日はそういう気分だから」「こういう良いところを紹介してくれたから寿司をみんなにおごりたい」ってジミーがね。
ライブ前に死ぬほど食って下痢したけどね。みんな腹壊してた(笑)

----(笑)そんなところもハードコアですね。

UZI:ハードコアやね(笑)ノルマで1人10皿とか言うわけだよ。

----元々の出会いはいつ頃、どんな感じだったんですか?

UZI:マーフィーズロウ?

----そうですね、マーフィーズロウとかアグノとか

UZI:もう15年前とかかなぁ、マーフィーズロウと最初に会ったのが15年前くらいで、日本へ初めてのツアーへ来たんよ。その時は全然友達とかそんなんではなくて、まあ、リスペクトしていたバンドの1つやね。で、何かの雑誌を見たんよ、そしたらライブが入っていて、その時ってまだニューヨークブームではないし、ニューヨークハードコアとか、そういったものがまだ日本にない時代よ、それでマジでって思って、イベンターへ連絡して、まあ無理やりつっこんでもらったわけ!

----(笑)

UZI:無理やりね!
で、その時に資料をなんじゃかんじゃ送れとか言うから、まあそれも全部送ったんだけど、まあ、それより、俺がバンドへ熱意こめて言うとったから「ああ、良いよ」みたいな感じで一緒にやらしてもらって。で、一緒にやらしてもらった時に、その当時、今のケムリのボーカルがまだケムリをやってなくて、そいつたまたま昔から知っていたから、そのフミ坊が英語できるから通訳で連れていってジミーと待ち合わせしたんよ。俺も、その時自分のバンドを十何年やっていたから、こうだああだって話しして、「ライブ見てくれ」って言ったら見に来てくれて、ほんで「ニューヨークスタイルだ」ってその当時、もう脇にもいつもどおり色んな人がいて、メンバーじゃない人が勝手にコーラスにでたりなんかして、そういう状態とかを見て、「日本にもこういったものがあるんだ、こういったバリバリ、ニューヨークスタイルなものがあるんだ」って。それで、実は今回マッドボールというバンドを連れてくる予定だったと。でも来れなかったんよ。フレディーもまだ全然若かった、まだ10代やし。ほいで、そういう状況だったから、俺とやるのも良いけどマッドボールも良いバンドだから一緒にやったらって、ニューヨークへ来て一緒にやろうぜって。
でも、こういうのって良くある話なんよ、だから色々言ってたら、「何を言ってるんだ、俺はニューヨークのジミーだぞ」って。それで何か記念に作ろうぜっていうことで7インチのスプリットを作ったのがきっかけなの。時間はかかるかもしれないけど一緒につくろうって、1年半くらいかかったね出るまでに。 それを出した後にマッドボールが日本へ来たの、それで、福岡でやった時にはもう俺の名前知っていたの、「ジミーとの7インチ、ジミーから俺ももらった」って。
だから元々はジミーやね。そんで、マッドボールが来て、アグノが来て、そん時ドッグスは勝手にアグノスティックフロントのカバーをやってたから作品で2曲くらい。マッドボールのメンバーって結局アグノじゃない、そんで「ゴメンね勝手にやって」「ああ、良いよ、良いよ」「今日PLAYするの」「見させてもらうよ!」って感じでそれからフレディーとは仲良いね。でも実際、その時マッドボールがこれほど衝撃をくらうとは思ってなかったし、アグノスティックはすごい好きだったけど、マッドボールがアグノとはまた違ったパンチがあったのね、サウンド的にもね。
ほんでその後に兄ちゃんのロジャーがすぐに来て、その時にはもうみんな知ってる訳だよ。 色々な物ももらったよねTシャツとかも、それは今も持ってるよ、九州帰ればあるけどね。 で、まあ色々あって楽しみながら飲んで、どうだこうだと。
それからメラウダーやシック・オブ・イットオール、H2Oとかみんな来たからね。その間にボストンレコーディングとニューヨーク2回行ってるから、97年~98年にまずニューヨークへ行って、当時のギターのマッドヘンダーソンにプロデュースしてもらって、マッドボールのLook My Wayを録った同じスタジオでやらしてもらって、それで2000年にはHold It Downと同じところでやらしてもらって、どんどんそういう所にいって、本当色々やってきたよね。

-----この間もマッドボールの企画でニューヨークへ行かれましたよね。

UZI:SUPERBOWLね!

----そこでマッドボールのレコーディングにも参加されましたが、その辺りのお話しも聞かせてもらえますか?

UZI:それはね、SUPERBOWLでのライブオファーが来たからアメリカへ行って、ヘイトブリードのジェイミーからも調度3月に日本へ来ていたのもあって、SUPERBOWLへの出演が決まって2週間弱くらいの間でニュージャージーでもやらないかって話が来て、SUPERBOWLの次の日だったんで是非やりたいねって感じで色々とプランがある中、向こう行ってからはアグノスティックフロントのスティグマがツアーマネージァーのような形で毎日のそのプランを組んでくれていたんだけど、いきなりフレディーが話しがしたいらしいから電話をしてくれって言われて電話かけたらフューチャリングしてくれって。

----向こう行ってから言われたんですね。

UZI:そう、向こう行って言われて、その日のうちに今からコネティカットへ一緒に行こうって言われて、その日はまあ時間あったから「良いよ!」ってことで待っていたんだけど、向こうから「今日は無理だって」言われて、次の日やろうと。でも次の日ドッグスのリハも入っていたんでどうしようかと思ったんだけど、マッドボールってフューチャリングを今まで1人もしていないんだって。日本人もアメリカ人も一人もいれてないんだけど、それをやって欲しいって事を言われて是非と。
スタジオ行くのに6時間、全部で12時間くらいかかったよ。車の中で曲を2回くらい聴いて、英語は無理だから、最近俺は自分のやつも日本語で歌っているんだけど、「日本語でやりたいんだけど」って言ったら「是非、日本語で歌ってくれ」って。
それで、フロム・ザ・ハートって曲のタイトルなんだけど、ギターのミックが英語で歌って、2番を俺が日本語で歌って、3番をフレディーがスペイン語で歌う。みんな言葉は違うけどひとつの心で繋がっているんだって曲な訳よ! 
まあ、良い経験できたね! 有名なプロデューサーとも一緒にできて、すごい良かったね。

----エンジニアとかも良かったんですか?

すごい!プロデューサー、エンジニアも本当素晴らしい技術をもってるね! 色々話しをしていてその人ってパンテラとか、当然ヘイトブリードなんかもやっていて、ヘビィーな音を出すには本当素晴らしいね。俺のこともタイミングが良いって言ってくれたんで、色々やれることがあったら一緒にやりたいねって話しもしたけど、そういうのも含めて良い経験になったね。

----それは秋くらいにリリースされるのですかね?

UZI:うん、出るんじゃないかな。

UZI-ONEインタビュー002

-----現在、アグレッシヴ・ドッグスのレコーディングも行っていると思うのですが、そちらには逆にアグノスティックフロントのロジャーミレットがレコーディングに参加されたのですよね?

UZI:ロジャーね!やっぱすごいね。ちょっとびびった(笑)

-----レコーディングの日程としては強行スケジュールでしたよね。

UZI:そうそうそう。

-----ツアー中で次はすぐに北海道に行かなくてはならないという状況でしたがバッチシでしたか?

UZI:ああいう人等はもう百戦錬磨だから常に準備ができているよね。どういう状況でも戦える技術を持っているし、そういう心も持っているし、そういう肉体も持っているよね。やっぱ一発だったもんね。だからすごい良い、その曲は本当生まれ変わったよ。

ほんで、ベースのマイクが日本ツアーは本当色々なことがあって彼が自分たちに「何かしたい」って言ってくれて、「ただ自分にはお金もなくて何も出来ないけど、アグノでやろうと思った曲があるから、嫌いだったらいいんだけど、もし良かったらそれをどうかなぁ」ってプレゼントしてくれて、それをこっち側でアレンジしてSUPERBOWLで絶対彼に聞いてもらいたいと思ったから間に合うようにアレンジして持っていって、何か足りないって想いはあったんだけど、「すごく良い出来になっている」と彼も喜んでいたよ。

-----その曲も次回のアルバムに収録されるのですか?

UZI:入れる。それは入れる!

-----その他にもゲストとかフューチャリングといった方がいらっしゃるんですか?

UZI:うん、今からどんどんいっぱいでてくると思う。

-----では現在もレコーディングは続行中なのですね?

UZI:そう、まだだいぶやらなくちゃならない事があるね。フューチャリングも結構色々な人を、25周年なんでね、それもふまえて、ちょっと時間掛かるかなぁ。かなりの人間の数だし、前作で54人入っているから、海外の人、日本の人、後、格闘技の人とか色々な人が増えてくるから、それをどうまとめるかで結構大変だよね。前作がやりだして1年くらいかかっているからね。

-----期待しつつも気長に待ちますね。

UZI:まあ、年内には出せると思うよ!

-----25年って…長いですよね。

UZI:長いねぇ(笑)

-----レコーディングにしろ、ライブにしろ、あきらかに変化してきた部分というのは何かありますか?

UZI:やっぱり、結局長くやって、この世界で長く生きれて、死んでない訳だから、心が出来上がってきているよね。プレイヤーとしても人としても。だから自分が思う音楽の部分は完成されてきているよね。 まあ、ハードコアやっているんだけど、他のジャンルがどうとか関係ないよね。音楽を通して色々な事があって、色々な人と出会えて、色々な国へ行けて、色々な思い出がある。
緊張感の中プレッシャーかけながらやらないけん事もあるけど、微妙なそういったものが出来上がってる。だから今年ニューヨークへ行ってライブ出来たことは良かったよね。これも必ずプラスになる。彼らも必ずまた呼ぶからって話しもできた。繋がっているよね!

------この先10年、20年後どうなっていたいというイメージはありますか?

UZI:どうなっていたいというのはないよね。 ただ、なかなか簡単には言えないんだけど、自分が完成されたと思っている音楽には進んでいくよね。進化していくし、進化していかないと俺はダメだと思う。そうなったら終わりだと思う。だからそれを目指して1年1年もそうだしその日、その日をやっていく。そこにたどり着いたら違う部分、それは辞めるときは辞めるかも知れないし。

------そんな寂しいこと言わないでくださいよ。

UZI:うん、だけど人間ってそういったものだと思うよ。ある程度行き着いてしまったら、それを伝えていくことも大切でしょ、下の世代へね。

------それは確かに。

UZI:アグレッシヴ・ドッグスというのが日本においてそういったポジションだし、UZIといった人間もそうだろうし、そこは大切にしていきたい。だけど、それはニューヨークのハードコアの連中に教わった事も沢山あるし、マグマのイベントの時もシックのルー・コラーが、俺は本当久々だったの、ルーとは10年以上会ってなかったから。それが向こうから「覚えている?」って俺に言ってきて、「俺は覚えているけど覚えている?」って、そうしたら彼が言ったのが「25年間、日本のハードコアシーンを守ってくれてありがとう」って、それはちょっと感動したね。うれしかった。ライブは袖で見ててくれて、だから最後お辞儀をして、そうしたら向こうもお辞儀をして、やっぱりこういった事なんだよね。言葉は通じなくても、そこでライブを見れば解るお互いをね。そういった部分でマーフィーズロウもそう、25年間というのを常に言っていたし、フレディーもそうだし、ジェイミーもそうだね。俺、会った事ない状況でいきなり25周年おめでとうってメールが入ってきて「3月にライブ行くから是非会いたい」って言ってくれて、それで色々な話しが出来た。やっぱ向こうの連中はそういった横の絆とか結束はすごいよね。言いたい事はみんなすごいいっぱい言うんだろうけどね。そういう所があるからアメリカにおいてニューヨークのシーンは死なない。下の世代がどんどんくるから層が厚くなってるじゃん。だからすごいなぁと思って、そういった所を日本のシーンでも色々な意味で何かしたいなぁと思うね。

-----UZIさんから見て今の日本のハードコアシーンはどうですか?

UZI:良いバンドはいっぱいおるよね。ほんで結局こういう乱世じゃん。氷河期というか、どういった言い方していいのかわからないけど、ハードコアのシーンって、少なからず10年前とか12、13年前とかから比べると日本のシーンって相当落ちているのは事実だよね。ただ、俺たちみたいな音楽は絶対に死なない。ストリートで生きているバンドは絶対死なんし、俺たちみたいなバンドが有ってこそ色々な音楽が成長していけるんだよね。それは政治と同じ訳よ。要は与党と野党があってバランスが取れる。世の中もすごい良い人がいて裏家業の人もおるから成り立つ。音楽もそう。 ただ、俺たちみたいなやつは、ライブハウスがなくても何がなくても、機材とか持ってどこでやろうと思ってもやれる。そういったDIYな精神を持っている。だから俺たちは強いから低迷しても良いバンドはいっぱいいるし、それをもっと広めていきたいなっていうのはあるね、昔に比べて。
俺たちは流行り廃りでやっている訳じゃないから、そういったシーンをもう一回というか世の中回っているから。
俺は3つの時代を通ってきていて、80年代、90年代、今。 生き証人よ。それで一番大事なのはどういったことかというと、こういった景気が悪いときに俺たちみたいな音楽は絶対爆発する。世の中そういう不満を抱えているから今はチャンスやし、フレディーも言っていたけど、アメリカも昔に比べると落ちてきてもまだ、ハードコアは成長する。それを信じてやっている。俺もそう! だからそれをそういう風にだせる奴がおるかおらんかっていうのが問題やね。俺は知っているよ。生きる術を知っている。それをどんどん伝えていきたいね。

-----そうすると今年はレコーディングも含めて非常に重要な感じになってくると思うのですが、今決まっている範囲で予定を教えてください。

UZI:まず、アメリカのツアーのオファーが来ているんでそれを。まあちょっとレコーディングが遅れているのは事実なんだよね。ちょっと前から録っているんだけど。まだまだ曲数はあげなきゃいかんし、作品はつくりたいんでね。 で、ツアーだね。アメリカからオファーが今2本来ているんだけど、じゃけぇ、2本全部は難しいかも知れないけど、また向こう行ってツアーして、レコーディング終わらせて、自分たちのイベントもやりたいんでね。そこを今から年内まで。もしかしたら自分たちのイベントは後になって、来年にデカイイベントになるかも知れん。先にアメリカに行って、後は自分のレーベルをやっているから色々な海外のバンドのリリースもやっていく。

-----ファンに向けて最後に一言お願いします。

UZI:これは、ちょっと前から言っているんだけど、

「強い意志を持つ者だけが強い人生を歩める」

俺はそう信じてやっている。

INTERVIEW;KISHIMOTO
PHOTO;さとう


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Posted by KISHIMOTO at 2007-07-17 22:41